琳堂ヤコのHell's Drive

ADHDで躁鬱で教養あるけど生活力ない人

死に場所

七月初め、うつ病が急に悪化して何もできなくなった。

実は六月にいろいろと精神的負担が大きいイベントがあって、そのしわ寄せが来たようだった。原因が分かったところでどうしようもないので急いで主治医の診察を受けると、漢方を処方された。

それを飲み続け、たっぷり寝て、趣味の映画鑑賞をして過ごし、やっと少し回復して動けるようになった。

この期間、まあありきたりだが、「死にたい」とずっと思っていた。

「生きていて恥ずかしくないの」と脳内でもう一人の私がずっと囁いていた。正体はうつ病なんだけれど。

 

今回書こうと思うのは、「死に場所」について。

先に言ってしまうと、私はドイツで死にたい

もっと細かく言うと、ドイツのフランクフルト・アム・マインで死にたい

これは私の生きる希望のようなもので、目的のようなもの

じゃ、それはどうしてか。

 

私の一番好きな作家に、ドイツの文豪ゲーテがいる。

『若きウェルテルの悩み』や『色彩論』戯曲『ファウスト』などでも広く知られてる彼との出会いは、高校を中退した17歳のときだった。

学校は辞めたけど勉強はしていたかった私は、新聞を読み始め、同時に素敵なもの探しを始めた。

素敵なもの探しというのは、自分の心が豊かになるもの。私はこれを「教養」と呼びたい。教養とは、人生を豊かに味わい深くするもの。ヘルマン・ヘッセもそんなようなことを言っていたと思う。

素敵なもの探しのため、私はまず「元気が出るノート」を作り始めた。心を打たれた言葉や思想を抜粋してノートに書き込むのだ。そのノートを見るだけで私は広く豊かな世界へアクセスできる。

そして、その探す先の一つが文学だった。

文学と一言に言っても、世の中たくさんのジャンルの本がある。

小学校から高校までは乱読していたけれど、図書室という環境から離れたためになかなかそれもできなかったから、とりあえず私は「名作」と呼ばれるものに触れていこうと思った。その中の一つがゲーテの『若きウェルテルの悩み』だったのである。

著名すぎる名著(つまりすごい本)なので内容に関しては割愛するが、作中の青年ウェルテルの恋煩いは当時の私の十代の多感な感性を物凄く震わせた。

 

若きウェルテルの悩み (新潮文庫)

若きウェルテルの悩み (新潮文庫)

 

 

もう一つ、新潮文庫から出ている『ゲーテ詩集』というものがある。高橋健二の翻訳が日本語として大変美しいので17歳からの愛読書として今も本棚に大切にしまってある。(一時期は毎日持ち歩いていていくつか暗唱もした)

高橋健二ヘルマン・ヘッセ著作も翻訳もしていて、ヘッセ本人と対話したこともあるというのをどこかで読んだ気がする。

 

ゲーテ格言集(新潮文庫)

ゲーテ格言集(新潮文庫)

 

 

さて、本題に戻るが、そのゲーテの生家があるのがフランクフルト・アム・マインなのである。

もちろんゲーテだけではなくヘッセも、私がその道徳哲学を深く尊敬しているイマニュエル・カントや知性論が好ましいアルトゥル・ショーペンハウアーもドイツ人であり、ドイツの知性は十代の私を育て上げたのである。日本が母国、ドイツが父国といった感覚だ。

 

というわけで、私はフランクフルト・アム・マインで死にたい。

どうせ死ぬならば、ゲーテの生きたフランクフルト・アム・マインで死にたい。

母国で産まれ、父国で死にたい。だから、ここで死ぬのは不服だ。

 

これが私の生きる希望の一つであり、目的である。

だから、まだ死にたくない。