琳堂ヤコのHell's Drive

ADHDで躁鬱で教養あるけど生活力ない人

私が死ぬまでにしておきたいいくつかのこと

Twitterを介して友人となり、たまにLINEや文通のやりとりまでする仲のよそちゃんがこんな記事を書いていた。yosonono.hatenablog.com

とても女の子らしく、どこか切なさを覚えるその内容に触発されて、私も「死ぬまでにやりたいこと」を書いていこうかと思う。

  1. ドイツに行きたい
  2. 本を出版したい
  3. 人に「あなたがいてくれてよかった」と言われたい
  4. 孫を抱きたい
  5. 写真集を出したい
  6. 映画の撮影場所をめぐりたい
  7. やりがいのある仕事を「やりきった」と感じたい

大体こんな感じ。

ではひとつひとつ、書いていこうと思う。

 

1.ドイツに行きたい

前回の記事でも書いたが、私はドイツという国を父のように感じている。

実は海外旅行の経験も無く、大学時代は金銭的な理由で留学もできなかった。

勉強ができなくてもいい、滞在期間が短くてもいいから、一度ドイツへ行って、自分のあこがれた地の土を踏みしめたいと思っている。

 

2.本を出版したい

これは長年思ってきたこと。自費出版でもいいから本が出したい。

内容は、小説か、もしくは発達障害精神疾患の当事者として何かしらを記録したものを書いてみたい。

今年の11月に東京で文学フリマというイベントがある。

http://bunfree.net/

簡単に言えば書籍の即売会だ。それぞれのサークルが各々のスペースで自分たちの書いた本を売っている。小説から文芸批評からライトノベルまで様々なジャンルに渡っており、本好きにはたまらないイベントとなっている。

今年5月に東京で開催された文学フリマに行ったとき、数冊の本を買った。それを読んでいて思ったのが、自費出版がほとんどだったということ。そして内容も、正直言って、それほどでもなかった(ごめんなさい)。

これくらいのハードルなら気軽に私も本が書けるかもしれないと思って、いま友人と共同出版の計画が進んでいる。お互いに小説を書いて一つの本にしてしまおうという計画だ。うまくいけば、私の「死ぬまでにしたいことリスト」がひとつ達成されることになる。今から楽しみである。

 

3.人に「あなたがいてくれてよかった」と言われたい

文字通りの意味である。

私は人に感謝されるのが好きだ。まあ、ほとんどの人がそうであると思う。

「あなたがいてくれてよかった」と言われたことは、はっきり言って結構多い。人の助けになることを考えて親身に行動してきた自覚がある。

この、「あなたがいてくれてよかった」という言葉には不思議な力がある。その言葉を受けただけで、不思議と活力が湧いてくるのだ。

エネルギーというのは、喜怒哀楽どれにも宿るものだと私は思っている。

その中でも喜びと楽しみのエネルギーというのは心身ともに健康的である。

「あなたがいてくれてよかった」には、その喜びが強く宿っている。だからこそ、活力がそこから生まれるのだ。そして、活力と幸福感とがじわりと心を潤す。

この幸福感を、死ぬまでにできるだけ味わいたい。死ぬ前に言われたい。

「死ぬまでにやりたいことリスト」に入れるのは、「自分は人のためになれた」という実感をたくさん思いつける積み重ねをしていきたいと思うゆえである。

 

4.孫を抱きたい

よく驚かれるのだが、私には2歳になる娘がいる。

その娘が小学校へ行って、中学校へ行って、高校へ行って、自分の好きな進路に向かって、社会で自分なりに活躍し、素敵な人を見つけて、というその過程を見ていたい。

もちろん、強制するつもりはない。ただの想像であって、娘が納得して自分なりにやりがいを感じながら人生を進めるならば、正直なんでもいい(笑)

そんななかで、ひとつ妄想をするならば、孫ができたら可愛いだろうなということ。

自分が産んだ子からまた子が産まれ、私の大切な家族は増えていく。その幸せを、孫を抱くことで感じられると嬉しいな、ということでリストの中に入れたまでである。

 

5.写真集を出したい

正直言って、私は容姿に恵まれた。完璧な美形とまではいかないものの、男性から良い話をもらわない時期がほとんどないし、女性にはこの顔に嫉妬されることすら珍しくない(最近肌荒れで萎えてるけど)。

でもそれも若いうちだけ。私はどんどん老けていって、しわが増えて、筋肉も落ちてしまうかもしれない。それはそれで、歳相応の人間的美しさがあればいいとは思うのだが、若いうちだけしかないハリのある自分を写真に収めておきたいと思うのだ。それも、ちゃんとヘアセットをしてコンセプトを決めて、作品のようにしたいのだ。

別に売りたいというわけではない。自分の手元に、アルバムのようにして残しておきたいのだ。「死ぬまでに」というよりも、「老いる」前にという感じかな。

ふと思うのは、私は金銭的理由で成人式の着物を着ることができなかった。同級生がわいわいと着物はあれかこれかとか話していたり、前撮りの写真を見せ合っていたりするのを横目に、羨ましくないフリをしていたのが、こういう願望に少なからず繋がっているかもしれない。余談だが、娘の七五三で私も思いっきり素敵な格好で一緒に写ろうと思っている(笑)

 

6.映画の撮影場所をめぐりたい

Twitterでも書いていることだが、私は映画が大好きである。

映画館に立ち寄ってはチラシを持ち帰り眺めて劇場へ観に行ったり、TSUTAYAにあしげく通ってはDVDの山をレジに持っていく。なかでもホラー映画はロマンの塊である。あ、いわゆる「グロい」から好きなのではない。その点を話すと私は特殊メイク担当の人間で映画を観たりする。

で、まあそうやって映画を観まくっていると、当然、大好きな作品というものが増えていく。そういった作品のロケ地を回りたいのだ。

好きな映画のなかには1930年代~60年代のものもあるので全てを観に行くことは叶わないだろうが、せめて80~2010年代のものはめぐってみたいと思っている。

非現実として目にしていたものを、現実に持ってくるのだ。なんてロマンのあることだろう。「死ぬまでに」は経験してみたいことである。

 

7.やりがいのある仕事を「やりきった」と感じたい

なんとも漠然としている。が、私は仕事人間タイプなので「仕事をする」ということに大変充実感を持つ。どうせ人生の大半を仕事と睡眠が埋め尽くすならば、やりがいのある仕事と質の良い睡眠をとれば人生の大半は充実するのではないか(もちろん家庭が大きくそれを左右することは承知で、単純計算として話した)。

わたしは基本的に、勝手にやりがいを見つけてくる人間なので、ここでは特に具体的職業を指定しなかった。興味が移りやすいというのもある。

ということで、やりがいのある仕事で「やりきった」という満足感を得て、自分の人生に納得してから死にたいのだ。何かをやり遂げるということは人生の満足度と自己肯定感をくれる。

 

 

なんだかカッコいいことばかり書いてしまった感じはあるが、私が「死ぬまでにしたいこと」は大体上記の通りである。

ここまで書いていて思ったのは、私は「死ぬまでにしたい」というよりも、「人生を充実させたい」と無意識に思いながらリストアップしていたのではないか、ということである。

「死ぬ」ということは、人生が完結することである。その完結の際に、素敵な物語になるようにしたいのではないだろうかと自分に思う。

つまり、私の「死ぬ前にしておきたいリスト」は、「人生が完結する前にしておきたいことリスト」であって、もちろんそれは素敵な完結にしたいということだから、「人生をハッピーエンドにするためのリスト」なのではないだろうか、と思ったのである。

鬱状態ではなかなかこんなことも思えないが、「幸せになりたい」という思いは鬱でも通常でも同じことである。なるべく早く鬱から解放されて、このリストを消化できるよう生きていきたいものである。