琳堂ヤコのHell's Drive

ADHDで躁鬱で教養あるけど生活力ない人

ADHDで双極性障害が3日間で15時間働いた感想

お姉さんたちが働く高級クラブを辞めてから約二週間後、私は働いていない自分や働かずに過ぎていく日々に耐え切れなくなり、近所のペットショップに面接を受けに行った。

まずは研修期間として三日間働いた感想を書いていきたいと思う。

 

  1. 働くまで
  2. 人と接する仕事に就いてきた理由
  3. ADHDの傾向性と接客・人間関係について
  4. 研修一日目
  5. 研修二日目
  6. 研修三日目

 

1.働くまでのこと

アルバイト先を決めるときに絶対条件として頭に浮かんだのは、まず、「通勤が苦にならない」ということ。つまり自宅から近いということだ。

或る体調がほどほどに良い日、わたしは運動がてら近所を歩き、パートやアルバイトを募集しているところがないか捜し歩いた。

自宅から徒歩30分圏内を歩き回った結果、6~7つのお店が求人の張り紙をしていた。ラーメン屋、チェーンの飲食店、雑貨屋などなど。

そこで私が気になったのはペットショップの求人だった。

 

2.人と接する仕事に就いてきた理由

以前、ここで私のアルバイト経歴をおおざっぱに紹介したが、私はずっと接客業・サービス業・営業の仕事やってきた。

lyndohyako.hatenablog.com

飲食店からキャバクラから塾講師まで、一貫しているのは「人と接する仕事」だということ。

私はその仕事の傾向に自分が合っていると思った。

しかし最近思うのは、それは「合っている」というよりも、私がそれに対して「技術を持っている」だけなのではないかということだ。つまり、相性が良いというより、接客スキルが磨かれているだけなのではないか、ということ。

 

3.ADHDの傾向性と接客・人間関係について

ADHDは、「人の話を聞かない(集中できない)」、「衝動的に言葉を口にして相手を困惑させたり傷つけたりする」、「絶え間なくしゃべり続ける」などが、人間関係での障害になることがある。

私は「人の話に集中できない」「衝動的に言葉を口にする」「絶え間なくしゃべり続ける」の傾向性は持っているが、それを制御するスキルを身につけている。

「なんだ、制御できるんだからヤコ氏のADHDは軽いもんなんじゃないの?」と言われれば否定はしない。だが、制御するのにはそれだけ傷つく経験と反省する経験と考え抜く経験と忍耐強い習慣付けが伴うことをここで主張したい。

 

「人の話に集中できない」と、その話し手は己を軽んじられ人格を傷つけられたような気持ちになる。

「衝動的に言葉を口にする」と、聞いた人が傷ついたり、理解ができず不快感を覚えるかもしれない。

「絶え間なくしゃべり続ける」と、聞いていなければならない人は疲れてしまう。

 

どの傾向性も、人を傷つけかねない。そして人間は、傷ついたとき・傷つけられたと感じたときに、防御態勢威嚇態勢攻撃態勢のいずれかに入る。その不快感をこれ以上受けないようにするためである。これは誰しもがそうだと思う。

防御態勢に人が入るとき、その人は傷つけてきた(と感じた)相手から距離をとる。その場で話を切り上げたり、反応が少し引いたような感じになる。

威嚇態勢に人が入るとき、その人はまず顔や目つきが鋭くなる。それから、言葉がそっけなくなったり、語気が強くなったり、反応を冷たい一言で済ませたりする。

攻撃態勢に人が入るとき、その人は相手を批難したり、憎んだり、恨んだり、呆れたり、そういった態度を相手に示す。

そしてそのどれもが人間として不思議のない行動であり、反応自体には理不尽さがない。自分を害するものから離れること・それをなくすことは本能的に当たり前の行動であると私は思う。

 

そしてADHD傾向による人間関係の問題は、こういった人々の反応で学ぶ。一つ一つ、その言葉がどういう風に相手に響くのか、自分の態度が相手にとってどんな風に見えるのか、そういったことを一つ一つ経験していく。

もちろん、相手の機嫌を損ねるだけでなく、ADHD側もその反応に傷ついたり反省したり悔いたりする。それも不快感の1つである。

私はそういった不快感を最小限にするために、中学生の頃から考え抜いた。周りの人たちがどう感じ何を思い何をどう考えているかを読み取る能力をずば抜けて磨いた(自惚れではなく、これができるのは頭の回転が良かったからかもしれないと思っている)。

結果、私は人間にとても好かれる。交友関係は広い。会いたいと言ってくれる人が沢山いる。人と楽しく交流するのに喜びを覚える。

 

ADHD傾向は、悪い面だけではなく、良い面もある。

例えば、その衝動性を「笑い」に変えることができる。パッと冗談を言って相手を笑わせることもできる。

絶え間なくしゃべり続けることも、場をわきまえるスキル・話を魅力的に見せる話術・相手の反応を細かに見極めるスキルがつけば、「雄弁家」「話し上手」になることができる。

ADHD傾向も、経験や技術を持てば好転することがいくらでもあると私は思っている。だから私は沢山傷ついてきて良かったと思っている。それが人間関係における自分のやり方を考えるきっかけになってきたと思っているから。

 

そして、それが私の接客スキルに直結していった。

人の需要が分かる(何をしてほしいかが分かる)、人を喜ばせる話し方ができる、愛想が良い。これだけで接客業はなんとかなってしまう。

人間関係のスキルを磨きぬいた私は、接客業スキルを持った。しかしそれを、スキルではなく自分がもともと持っている傾向として得意なのだと思い込んでいたのである。

 

書いてきた通り、私は「先天的障害」を「後天的スキル」で補ってきた。前述した通り、それは自分の元々の傾向性を制御すること、コントロールすることである。これにはやはり、「集中力」と「忍耐力」が要る。コツを掴んで最小限のエネルギーにしても、やはり疲れることは疲れる。そういったコントロールに消費されるエネルギーをプライベートでも仕事でも使っていると、当然ながら疲れ果てる。私はよく疲れ切ってしまって不登校になったり大学を休んだりしていた(仕事は基本的に休みたくない人)。

人間が嫌になる。私のエネルギーを持っていく人間存在が嫌になってくる。

営業職に就いている人には「あるある」だと思うが、プライベートまで「営業職」でいたくないのである。

私は長らく、自分の対人関係スキルを売りにしていたから、それを活かす接客業にこだわっていたところがある。しかしそれは、わざわざエネルギーを大量消費する仕事を選んできてしまったということでもある。

 

長々と書いたが、そういうことで、私は「人間相手の仕事」をしないことでエネルギー消費を抑えようと思ったわけだ。特に、うつ病で総合エネルギーが低い状態なのだから、これはかなり自分のためになる決断だったと私は思う。

ペットショップはもちろん「ショップ」なので接客はするが、仕事のほとんどは生き物の管理である。私はかなり忙しい生き物の担当になったので、仕事の8割がその生態管理で埋まる。私が仏頂面だろうと喋らなかろうと一向に気にせずにいる生き物たちは、私のエネルギーを人間よりずっとずっと最小限で済ませてくれる。英断だったと私は思う。

 

4.研修一日目

面接を受けその場で即決採用となった私は翌週さっそく出勤することになった。時間は午前中から16時まで。まずは総計50時間の研修期間が始まった。

 

面接時に、店長はちょっと考えた後に、「社員になりたいと今の時点で思いますか?」と尋ねてきた。思ってもない言葉に私は思わず「それに値する人間かは分かりませんが・・・」と答えた。うつ病になってから、面接が得意な私が弱くなっていたのを感じた。正社員の待遇について一通り説明を受けたあと、「どうするか、今の気持ちでいいですよ。それによって研修内容が違うので」というようなことを言われ、面接ということを思い出し慌てて「よろしくお願いします」と伝えた。チャンスや可能性は広くとっておくに越したことはない。

 

そしていざ出勤。

ここで失敗したのが、何を思ったか私はヒールで出勤してしまった。どう考えても運動靴の方が適する仕事なのに、何も考えないで来てしまった。一体何を考えていたんだろうと何度も思い返しても疑問に思う。 

もちろん、一日目ということで何もわからない状態である。とりあえず、服装や注意事項のプリントを貰っていただけで、仕事内容や流れについては知らない。

「新人さんは清掃から始まるから」との店長の言葉で、「じゃあまずは清掃の質と速さを極めていこう」と思った。

とはいえ、ペットショップなのだから床や備品の清掃だけということにはいかない。担当の生き物の清掃をしている先輩方をお手伝いする。魚類爬虫類は環境の変化に弱いものも少なくないので細心の注意を払って清掃したりする。水槽から水槽に移るときも、病気の個体がいる場所は一番最後に清掃するなど、順番というものがある。それを逐一先輩に教えてもらいながら、脚立に乗り、大きな水槽に手を突っ込んで洗う。最近はずっと「体よりも頭を使う仕事」に就いてきた私にとっては結構な体力仕事だった。

店長も面接時に、「うちの仕事は思ったよりも体力仕事だから、ペットショップの仕事のイメージと違いすぎて一日でばっくれる人もいる、だから先ずは一日仕事をしてみてからまた答えを聞かせて」と言っていたくらいなのだから、私だけではなく他の人も「思ったより体力仕事じゃん」と感じたのだと思う。

私はもちろん、ペットショップの仕事は生き物と戯れられるなんていう妄想をしていなかったので簡単に受け入れられた。むしろ、忙しい中あっという間に時間が経つ仕事にはとても好印象を持つ。ひま疲れが一番精神をやられる。

そんなこんなで一日目は無事に終了。なんと喫煙所もあってマルボロ命の私にとっては最高の環境だった。

 

私に仕事を教えてくれた女性社員は、作ったような笑い方をする人で、私はすぐに「この人は人間があまり得意じゃない、良い意味でも悪い意味でもプライドが高い」と分かった。笑い方・しゃべり方でその人の性格は7割分かると私は思う。

こう書くとその女性社員の印象が悪くなりそうなので補足しておくが、その人はとても仕事が早く、教え方も上手で、休み時間もちゃんと雑談を投げかけてくれるような、頼れる良い人だ。私は仕事ができる人がとても好きである。

 

退勤時、店長といろいろ話していると、「もっと仕事の希望を伝えたほうが良い」というようなことを言われた。

思えば私は、「与えられた仕事を質良くこなし、改善していく」ことが得意で、上司の要望や期待に応えるのが大好きだった。だからこそ上司の手腕で私は生きも死にもする。上司が要になっているのだ。悪ければ、体調も崩す。良ければ、即戦力としてかなりの力を発揮する。

それを見抜いたのか見抜かずか、店長は「もっと要望を言え」と私の言ったのだった。人の要望に応えるのではなく、自分の要望を相手に告げよ、ということだ。これは私にとって、はっとさせられたことだった。自分の要望を言うということは私にとって一番やりづらいことだというのが、店長に伝わったのかもしれない。

ということで、先ずは週3で一日おきに働きたいということを告げ、最大17:30までの勤務にしてほしいと言った。その気持ちを引き出してくれた店長には感謝している。

 

5.研修二日目

ちゃんと運動靴をはいて出勤すると、店長が煙草を吸っていた。「おはようございます!」と努めて爽やかに挨拶をする。朝に爽やかな挨拶をされるというのはとても心地が良いものだ。心地の良い人に、人は好印象を抱き、よくしてやりたくなる。だから爽やかな挨拶というのは重要だ。

「おはよう」と返してくれた店長は、「どうだった、昨日は」と笑いながら話しかけてくれた。私は正直に「足がとても痛くて・・・できればしばらく16時までの勤務にさせていただきたいのですが」と伝えた。自分の要望を伝える練習である。店長は快くOKしてくれて、この日の仕事も16時までになった。ゆっくり、でいいのだ。

二日目は、一日目に覚えたことを少しうまくできるようになることを目標にした。

この日も無事に勤務終了。通勤を徒歩ではなくバスに変え、体力温存を図ったのが良かったと感じる。

 

5.研修三日目

今日を終えれば休みだと自分を奮わせ出勤。同い年のメンバーがいると話に聞いていたのだが、その子と顔を合わせることができた。

休憩時に、「同い年だから敬語やめよう、下の名前なんて言うの?」と親し気に話しかけてくれたのはとてもありがたかった。これだけで職場に身を落ち着けることができる。仕事で私が一番気にするのは、職場環境、特に人間関係だ。人間関係の良好な職場ではどんなに大変な仕事でもなんとなくできてしまうし、反対に、人間関係の劣悪な職場ではどんなに簡単な仕事でも、いやむしろ出勤すら苦痛で大変なことになってしまう。

 

三日目は生態管理について少し幅広く学んだ。生き物によって扱い方が異なることを学び、接客に関することも先輩の姿を見て学んだ。生き物を引き渡すときにどうするのか、商品はどの棚にあるのか、など、初日や二日目よりも学ぶことは多かったように思う。

職場の人とは休憩時間によく喋ることができ、少しずつ受け入れてもらえている印象を受けた。こうして関係がうまく築かれれば、仕事もよく教えてもらえるし、ミスにもあたたかく応じてもらえるし、なにより私という人間の居場所が確保される。

新しい仕事を覚える他にも、こうして人間関係を良好にしておくというのも仕事の一つであると私は思っている。それは自分のためなのだ。

 

大体、このような感じで三日間が過ぎた。

体は痛いしアザはできるし水浸しになるし汗をかくし、正直大変な仕事だけれど、店長は親身になってくれるし、社員さんは仕事ができて生き物にとても愛情深い人だし、ほかのメンバーも基本的に愛想が良い。とても良いところに来れたと今は思っている。

そう母に伝えると、「あんたはいっつも最初はそう言う」と言われたが、私は悪いことではないと思っている。職場に対する親しみや情が生まれないと、仕事は長く続けられない。私は割り切れない人間の傾向があるから。とりあえず今は、良い印象を持っておく方がメンタル面にも良いのだ。

主治医に処方してもらった漢方を度々飲みながら過ごす三日間はとても安定していた。

こうして少しずつ社会復帰ができればいいなと思っている。