琳堂ヤコのHell's Drive

ADHDで躁鬱で教養あるけど生活力ない人

目標:母親との共依存から脱出する

どうもどうも。

今回は母親との共依存について自分の経験や思いや考えを書いていこうかと思うよ。

 

そもそもこれを書こうと思ったのは、婚約者君と住む新居から、保育園の申請手続き書類のため実家に帰省した時に、回復して順調に過ごしていた心身が一気に重くなったことがきっかけ。

発達障害を持ちながら出産2か月後には育児と仕事の両立が始まりあっという間にうつ病が始まったヤコ氏にとって、3歳になる娘とのコミュニケーションはこれまで十分とは言えなかったのだけれど、回復して帰省した今回は長時間娘の相手をすることに成功。しかも精神的圧迫は無かった。

それにも関わらず私の精神を重くさせたのは、2つの要因が考えられる。

1.実家が狭く、自分一人の空間が無くうまく休めなかったため

2.母親の話の内容に問題があったため

 

前者は環境と相性が悪かったのだ、で済むけれども、後者はちょっと考える必要がある。話の内容に問題があるならば極力その話題を避けて過ごすべき・・・しかし、母親に関しての問題があった場合は・・・?

今回はその後者について考えてみたのである。

 

ヤコ氏は、3兄弟の長女として生まれた。当時母は30歳、父は29歳。随分あとから気付いたが、父親は十中八九アスペルガーだ。父方の祖母から、「幼少期に自閉傾向があった」と聞いた、と母から聞いた記憶がある。私の記憶にある中でも、父親他罰的な無自覚のアスペルガーで、とても厄介だった(一応明記しておくが、アスペルガーを持っているからといって全員が他罰傾向があるわけではないし、現にヤコ氏はアスペルガーの大切な親友がいる)。

 

アスペルガーの特性の列挙ではなく、「父の今までの行動」を列挙すると、

・いつもの場所に物がない、見つからないとプチパニックor不快感に耐え切れず怒る

・妻の帰宅時刻などの遅刻に異常なまでに執着し鬼電する

・自分の立場が不利になると「お前が悪い」の1点張りで壊れたテープのようにそれを繰り返す

・返済しきれない借金を作る

・長期間無視する、家にお金を入れない、などなど・・・

他にも、怒りに任せて、電気が点かないように家の全ての電球を緩めたり、ドアの取っ手にコードをグルグル巻きにしたり、料理時にわざとらしくドンドンと包丁をまな板に叩き付けたりしていた。

 

まさか夫が障碍者だとは思わない母はそんな父親に期待し裏切られ期待し裏切られ、傷つき通してきた。それは私が3歳になり弟が生まれた頃にはかなり母親を追い詰めていたようで、「私は3歳のヤコを同士にした」らしい。本人が言うのでそうなのだろう。

 

父と母が仲良くしているところはほぼ見たことがない。比較的穏やかな両親の交流は数えるほどだが、たいてい、母親の生粋の「良い人精神」が父の今までの行動を一瞬忘却させ、父親にもパニックの原因が無く、元々の人当たりの良さが出ている場合だ。そう、条件付きなのである。しかもこれらの条件は「母が忘却していること」「父がパニックになっていないこと」という、無理案件なのである。現に、私はそんな両親を見て「どうせ一時的なんだろうなあ」としか感想を抱いたことがない。

 

そんな環境で育ち、人一倍正義感と義務感が強く、母親を守らねばならないと思ってきたヤコ氏。それに加えて、弟が子どもとして溺愛された(ように感じた)のを見て、弟には無いわたしと母の繋がりに賭けてしまったヤコ氏は、いつの間にか「母親を守ること」がアイデンティティとなっていた。

 

これによる問題点は、「母親を守らねばならないという意識が精神を圧迫し、十分に叶えられなければ自分の評価が下がる」ということだ。母親を守ることで自己評価ができる。母親を守ることが自分の支えとなる。そういう仕組みになってしまっていた。

 

ここで強く主張したいのは、ヤコ氏は自分の母を「毒親」とは全く思っていないことだ。

それは「母を守らないといけない義務感」のために主張するのではなく、素直に、母がこれまで私にかけてくれた時間やお金や行動その他苦労に対して、それらが母の「子を思う気持ち」から来ていると確信しているからだ。

もちろん、母も一人の少女が成長して大人になり母親となったわけで、完全な人間でもなければ子育てが完ぺきというわけでもなく、人間なら必ずある失敗もあるし、親子喧嘩もしたし、母の意見が間違っていたり態度が間違っていたりすることもあっただろうし、現にあったと記憶にもある。

 

私の間違ったアイデンティティを作り出した一つの原因が、母が私に求めたことであっても、それはあの環境ならば不思議の無いことで、そうしなければ、両親を亡くしていた当時の母は壊れていただろう。だからそれは「仕方のないこと」だったのだ。

そう、私はこのアイデンティティを持ったことに関して母を責める気持ちは全くない。

問題は、ヤコ氏の間違ったアイデンティティ、そして母と私の共依存関係なのである。

 

冒頭で書いた「母の話した話題」とは、私の障害年金の2か月分を弟の学費に回すことだった。第1回の支給も弟の学費に回すために渡したのだが、私立理系大学の四年生である弟の学費はそれでは足りなかった。今回は仕方のないことだと思ったし、保育園が決まるまで娘を預かってくれている実家には何も言えないと思った。

そこでまた、例のアイデンティティが動くのを感じたのだ。

 

「私は婚約者君と新居で毎日幸せに暮らしてお金の心配も差し迫っているわけでもなく、療養しつつ家事をこなしつつ自由に過ごしている。一方、母は弟の学費に苦心し、弟も折角卒業単位を取ったのに卒業できるか分からないから就職活動もしておらず、高校生の妹は塾に行かずに大学受験の勉強をしていて、家計は苦しい・・・私だけ幸せでいいのだろうか

 

この、「私だけ幸せでいいのだろうか」という考えが危ないのだ。

私はいつも、「母より先に幸せになる」ことに違和感があった。罪悪感があった。穏やかで幸せで自由な時間があっても、ふと母親のことを思うと、「私だけが幸せなんて・・・」と罪悪感に胸が潰された。

もちろん母は「お前だけ幸せになりやがって!」などとは口にしないし思ってもいないと思う。勝手に私がその罪悪感を持ってしまうだけで。しかし母は、たぶんどこか私を精神面で頼りにしている。「ヤコなら受け止めてくれる」と無意識のうちに思っている。

 

「お母さんを守るというアイデンティティ」と「ヤコなら受け止めてくれるだろうという無意識」の組み合わせが、共依存を作っている。そしてこれが私の精神を圧迫している(母側にも何かしらの圧迫があるかもしれないがヤコ氏には分からない)。

そのために、娘と婚約者君との3人の新たな家庭への意識が、実家に戻って母の話を聞くことで揺らぎ、「未だ残る例のアイデンティティ」と「最近強く希望し期待する新たな家庭への意識」とがヤコ氏の心をごちゃごちゃにしたのだ。複雑な心境、というやつである。

 

これではだめだ、と思った。

適切な距離新生活への意識を大切にしなければ、母と私は依存から抜け出せない。

それをずるずると未解決のままにすれば、母も私も次のステップへ行けない。

そう考えても「私がお母さんを守らなければ誰がお母さんを守るの?」と心の中で声が聞こえる。でも、もう父とは離婚して家庭内での冷戦は無く、実家の問題と言えば弟の学費と生活費くらいである(たぶん)。

私はそれを解決することよりも、なるべく早く保育園に通らせ娘を受け取り3人での新たな家庭に集中することを優先するべきだし、母もそう願っていると思う。

だから、抜け出さなきゃいけない

 

まとめ

・ヤコ氏は「母親を守ること」がアイデンティティになり、自己評価の軸になっていた

・母はヤコ氏を「同士」として1つの精神的拠り所にしていたがそれは家庭環境から考えれば仕方のないことだった

・実家(母)よりも自分の新たな家庭を優先すべきである

・母との共依存を脱出するためには、適切な距離と新生活への意識を強く持つことが必要である

 

そんなことを考えたよ。長くなっちゃったよ。

ヤコ氏は自分のことをアダルトチルドレンだとか母親のことを「毒親」だとか、名前を付けたりするのには興味ない。ただ、問題点を挙げて分析して解決策を出して実行してみるだけ。

名前は調べるためには有効だけど、名前をつけると実際自分の抱えたものの詳細や全体が分からなくなったりしてしまう場合があるからね。これは個人的なやり方だけど。

 

次回はまた違う話題で書いてみようっと。